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大津地方裁判所 昭和31年(行)5号 判決

原告 陌間信夫 外三名

被告 滋賀県知事

主文

原告等の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、被告が昭和三十年五月二日付滋賀県指令農開第六九二号を以て別紙目録記載農地につき農地法第二十条第一項の規定により為した農地賃貸借解約許可処分の無効であることを確認する。(予備的に同許可処分はこれを取消す)訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、

(一)  訴外亡陌間彦太郎(以下原告等先代と称する)は大正九年一月分家したのであるが、之より先その妻である原告とゑの前夫で原告等先代の三兄に該る訴外亡陌間増吉は現に訴外陌間武雄名義の別紙目録記載農地(以下本件農地と称する)を当時の所有者である本家の母訴外亡すてから分家の小作地として認められ次でその死亡によりその妻原告とゑと結婚した原告等先代はその権利を承継して引続いてその耕作権を得てきたが、昭和三十一年三月六日死亡したのでその妻である原告とゑ、長女の原告節子、養子の原告信雄二女の原告下池澄子は共同相続人としてこれを相続し準共有している。

ところが賃貸人陌間武雄は昭和二十九年六月二日別紙目録記載の二筆の外同所の甲良町大字在士字蔵貝戸三百四十五番の一田二反一畝二十八歩中の一反二十四歩について被告に対し賃貸借契約解約の許可申請を為し、被告はこれを容れて同三十年五月二日付滋賀県指令農開第六九二号を以て右各農地に対する賃貸借解約許可処分を為した。尤も被告はその後右蔵貝戸三百四十五番の一は原告等先代と右陌間武雄の共有地であつて解約許可さるべき賃貸借関係が存しないことに気付き昭和三十一年一月二十七日右許可処分の一部取消処分を行つたが、現にこれを除く本件二筆の農地についての許可処分が存する。原告等先代はこれを不服として昭和三十年六月二十日農林大臣に訴願したけれども右許可を得た陌間武雄は昭和三十一年七月九日大津地方裁判所彦根支部に対し本件農地の引渡請求訴訟を提起したので右の裁決を得るいとまなく本訴に及んだものである。

(二)  右許可の処分は次の如き各事由により無効である。

(1)  許可処分の対象となつた本件農地に対する原告等先代の耕作権限は永小作権であつて賃借権ではない。

原告等先代の兄陌間増吉は大正二年二月二十七日原告とゑと結姻して兄陌間猪太郎の継ぐ本家より分家することとなつた。その際分家の耕作すべき農地として、(イ)甲良町大字在士字蔵貝戸三三九番田二反二畝十九歩(後にうち一反二畝十九歩の耕作権を返還し残一反を耕作してきたが、昭和二十八年十月一日交換分合の結果別紙目録記載(1)の田となる)、(ロ)別紙目録記載(2)の田、(ハ)前記甲良町大字在士字蔵貝戸三四五番の一田二反一畝二十八歩の外第三者より本家が賃借中の田一筆の耕作権を与えられた。而して右(ハ)の田二反一畝二十八歩は本家と分家の共有地として分家に於てその全部を耕作し半分の面積に対する耕作料を本家に支払う、(イ)(ロ)の田は本家の所有であるが分家が永久に耕作することを認められたのである。分家の増吉は大正八年四月十三日死亡した為翌大正九年一月十三日右猪太郎や増吉の弟に当る原告等先代が原告とゑと婚姻して分家を継ぐこととなり分家に与えられた右各農地の耕作権限を承継した。当時原告等先代の母陌間すてより「お前は分家の為によく働いたから本家の農地でお前が耕作しているものは永久にお前が作れ、そうすれば名前は本家の物でもお前の物と同じだから」と言われてきた。原告等が分家として存続する限り本家の所有に係る本件二筆の農地を永久に耕作する権限が与えられたものでこれは単なる賃借権ではなく永小作権が設定されたものと確信している次第である。従つて被告の本件許可処分は原告等先代の耕作権限を誤認し、永小作関係に対し賃貸借解約許可処分を為したもので当然無効の処分である。

仮りに本件農地の使用関係が賃貸借関係なりとするも

(2)  許可処分の内容が特定できない。

行政処分は本来要式行為でないものでも書面を以て処分行為が為されれば該書面の交付によつて右処分が成立するものであるから、その処分の内容も書面の表示に従つてのみ解釈しなければならないところ、本件許可処分は処分書の交付によつて為されたが、同書面には賃借人たる原告等先代の記載を欠き賃借人を何人とする処分であるかその対象が明らかでなく、従つて本件許可処分はその内容の特定を欠くものであるから当然無効である。

(3)  民法第六百十七条に反する引渡時期を定めた本件許可処分は無効である。

民法第六百十七条によれば、土地の賃貸借は解約申入後一ケ年の経過により終了することを明定しているが、解約申入を為すにつき知事の許可を要する本件の如き場合には右許可のあつた以後においてはじめて解約の申入を為し得るものである。従つて許可後解約申入日より右民法所定の期間が経過してはじめて賃貸借契約は終了するものである。然るに本件許可処分は昭和三十年五月二日付で為され、その後右一ケ年の期間経過前である同年十一月三十日を本件農地の引渡時期と指定し賃貸借終了以前において目的物の返還を命ずるものであるから、かような民法の規定を無視して為された本件許可処分は当然無効である。

(4)  賃借人に許可処分通知を行つていないから無効である。

農地の賃貸借契約解約許可処分は賃借人にとつて重大関心事であつてその許可処分の不当であるときはこれを争い是正を求める途が残されていなければならないものであるから、本件許可処分も賃借人である原告等先代に通知を要するものであるのに拘らず、被告はこれを賃貸人たる訴外人にのみ通知し、原告等先代に通知をせず、賃借人たる原告等先代に右処分の当不当を争う機会を与えなかつたのであるから本件許可処分は当然無効である。

(5)  農地法第二十条第三項所定の農業会議の正規の意見を徴しないで本件許可処分は為された。

被告が農地の賃貸借契約解約許可処分を為すには農地法第二十条第三項に定める通り農業会議の意見を聞かなければならないところ、被告は本件許可処分については滋賀県農業会議の賛同を得られないことが予知されたので、故意に同会議の正規の手続による意見を徴せず、同会長の意見のみを徴して本件許可処分を為したものであるから右許可処分は当然無効である。

(三)  仮りに右(二)の各事由が本件許可処分を無効とするに足る程の明白重大な瑕疵に当らないとするも右(2)乃至(5)の事由は以て被告の本件許可処分を取消さるべき瑕疵に該当するからこれを取消事由として主張する他なお次の如き違法が存する。即ち本件許可処分は農地法第二十条第二項所定の許可基準のいずれにも該当しない。原告等方と訴外人方との農業経営能力、生計を比較するに、原告等方の耕作面積は田地一町二反三畝十七歩、畑地二畝五歩、訴外人方のそれは田地七反五畝十九歩、畑地四畝二十八歩、その他竹藪、山林一反一畝二十五歩、山林一畝十六歩であり、次に農耕に従事し得る人員について見るに原告等方は原告陌間とゑ、同信雄、同節子の三人が農耕に専従できるのに対し訴外人方は同人と同ふみの二人のみで、しかも右武雄は植木職でもあり農業は兼業として為されている。更に収入の点について比較するに原告等の昭和二十九年度所得額は三十九万一千九十九円でそれには原告下池澄子の保健婦としての給与所得金二十万四千七百十九円が包含されているが同女はその後婚姻したのでその収入を差引けば金十八万六千三百八十円が原告信雄方の収入である。これに対し訴外人方の収入は農業所得の申告額が金十二万九千六円其他原告等の納入する小作料千九百三十二円、竹藪の収入七千円、畑九畝に対する収入一万七千八百六十円で訴外人の植木職収入を度外視しても合計金十五万五千七百九十八円となる。況んや同人は農繁期以外は殆んど彦根方面に植木職として出稼ぎしているのであるから年間稼働百日、日給五百円としても五万円、百五十日とすれば七万五千円の別途収入があるわけである。

以上各事由によつても被告が本件許可処分を為すにつき如何に杜撰であつたかが窺えるがなお冒頭掲記の如く原告先代と陌間武雄との共有であつた甲良町大字在士字蔵貝戸三百四十五番地田二反一畝二十八歩の一部について右武雄からの申請を鵜呑みにして調査するところなく漫然と解約許可処分を為し後これが間違を発見し周章右許可処分を取消している事実や、本件農地中(1)の田の耕作権は農地の交換分合の結果原告等先代が従前武雄より耕作権を得ていた前出(イ)蔵貝戸三三九番田二反二畝十九歩中の一反歩に替えて取得したものであつて、これにより原告等先代は本件(2)の農地、前記共有地、右(1)の農地と三筆を地続きの状態で耕作することとなつたのである。右交換分合は被告の指示に基き県農業委員会が昭和二十八年十一月一日農地の利用価値を増進し農業生産力の発展を企図して実施し、翌二十九年二月二十七日登記を了したばかりである。然るにその後僅かに四ケ月目の六月二日本件農地の解約許可申請を受理して本件許可処分を為すに至つたのである。かような次第では何が故の交換分合であつたか朝令暮改と云うに等しく本件許可処分は農地法の精神を蹂躙するも甚しいといわねばならないと陳述し、前記原告等先代の為した農林大臣に対する訴願が本訴係属中の同三十二年十一月六日三一農地第四七五六号を以て棄却する旨裁決されたと附陳した。(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中(一)の事実(但し原告等が現に本件農地の耕作権を準共有している点は争う)並びに原告等先代が農林大臣に対して原告等主張日時に訴願を提起し本訴係争中に右訴願棄却の裁決のあつた事実はこれを認める。しかしながら本件許可処分の無効または取消の事由として主張する法律上の見解ならびに事実上の主張はいずれもこれを次の如く争う。

原告主張(二)(1)について。

永小作権は不動産登記法第一条によつてその設定、消滅等につき登記を必要とするが本件農地については永小作権の登記はなく、従つて民法第百七十七条の規定によつて第三者たる被告に対する対抗要件を具備しないものであるから、被告に対し永小作権の存在を主張することはできない。

(2)について、

本件許可処分は陌間武雄からの単独申請に対して為されたものであつて、農地法施行規則第十四条第二項にいう合意による解約申請でなく、従つて許可処分の指令書には申請人である右陌間武雄の氏名のみを記入し同人にこれを交付したものであつて、右指令書に契約当事者たる原告等先代の表示がないからとて本件許可処分の効力を左右するものではない。

(3)について、

農地の賃貸借更新拒絶の申請については農地法第十九条には賃貸借期間満了の一年から六ケ月前までの間に賃貸借契約の相手方に対して更新をしない旨を通知しなければならないと規定されており本件申請も本件賃貸借契約期間の終期である昭和三十年五月三十一日の一年前に提起されたものであるが、地元農業委員会においては、賃貸借当事者双方は濃い親戚関係にあるのでできる限り円満解決を図りたいとの配慮から再度に亘り調停に努めたが遂に円満妥結に至らなかつた。その時既に更新拒絶の法定期間を経過していたため申請人の申出により被告において解約申入の単独申請として取扱つたものであるが民法第六百十八条の規定により収穫の時期等の関係から表作収穫後の十一月末日を最適と考え行政的配慮からその日を記載したものである。従つて右期日はあくまでも賃貸借の目的物の返還予定時期を記載したものであつて、該指定日に引渡の義務を原告等先代に課すものではないから被告が右の記載を為したことに何等違法はない。

(4)について

本件解約申入許可処分は右武雄の申請により同人に対して為されたものであり、而して右許可処分は武雄が賃貸借契約解約申入を為すについての権能を付与したに過ぎないものであつて右解約申入を俟たずして許可処分自体によつて解約の効果迄生ずる所以はないから許可処分通知は申請人である武雄のみに対し為すことを以て足りる。原告等先代にその通知がないとしても、右解約申入を受けた時を以て処分のあつたことを知つたものとして訴願の提起が許される(訴願法第八条)ことになり、原告等に右処分を争う機会を奪うものでないからこの点に関する同人等の主張は当らない。

(5)について、

本件許可処分については、被告は昭和三十年四月十六日附を以て滋賀県農業会議に諮問し同年四月三十日許可已むを得ないとの答申を得て右許可処分を為したものであるから、右処分には何等違法の点は存しない。

(三)の農地法第二十条第二項の許可基準に反するとの主張について。

賃貸人陌間武雄は田六反六畝二十歩、畑八畝二十八歩を武雄夫婦が耕作し、これによる年間収益金十二万八千八百三十二円であつて、これにより六人家族が生計を立てているに反し、原告等方は田地九反三畝十六歩、畑地二畝五歩の外に武雄よりの借入地田三反二畝十六歩を原告信雄、節子、とゑの三名が耕作し、原告澄子が保健婦として得ている給与所得金十五万三千五百円と合すれば年間収益は金四十万三千五百四十円に及ぶ。両者の生計事情、農業労働力等を勘案して本件二筆の農地の解約を許すを相当と認めたのである。

以上本件処分については何等の違法も存しないから原告等の無効乃至取消を求める請求はいずれも失当であると述べ、なお被告は本件二筆の農地の解約許可処分と同時に、甲良町大字在士字蔵貝戸三四五番の一の田一反二十四歩についても許可を為したが、これが武雄と原告等先代との共有に係る二反一畝二十八歩中の一部にすぎないことは当時被告の知り得なかつたところで、武雄より提出の解約許可申請書及び賃貸借契約書に賃貸地として右一反二十四歩が記載されており、甲良町農業委員会の意見書にも右農地が一筆の農地として取扱われていたので被告はこれを賃借地と認めたのであつて右以外に判断資料の存しなかつた被告としてはこれを疑う余地なく原告のいう如く漫然と許可したのではないと附陳した。(立証省略)

理由

被告が陌間武雄の申請に基き昭和三十年五月二日別紙目録記載の二筆の農地に対する賃貸人陌間武雄、賃借人原告等先代陌間彦太郎間の賃貸借契約の解約許可処分を為した(被告は右同日右二筆の外右武雄の申請に係る甲良町大字在士字蔵貝戸三四五番の一、田二反一畝二十八歩中の一反二十四歩についても賃貸借契約の解約許可処分を為したが、後日右農地は武雄と彦太郎との共有であることが判明したので昭和三十一年一月二十一日右許可を取消す旨の一部取消処分を為した)こと、原告等先代は昭和三十一年三月六日死亡し、原告とゑは妻として、原告節子は長女、原告信雄は養子、原告下池澄子は二女としてそれぞれ相続人たる身分を有すること、原告等先代は本件許可処分を不服として昭和三十年六月二十日農林大臣に訴願していたところ、昭和三十二年十一月六日右訴願を棄却するとの裁決が為されたことはいずれも当事者間に争のないところである。

そこで被告の本件許可処分につき原告等主張のような違法が存するか否かについて順次判断を加える。

(1)の事実について。

原告陌間とゑ本人尋問の結果及び成立に争のない甲第一号証、同第三乃至第五号証並に原告弁論の全趣旨によれば、原告等先代の三兄間陌増吉は大正二年二月二十七日原告とゑと婚姻して事実上次兄猪太郎の継ぐ本家より分家することになり、その際同人の母すてより分家の耕作すべき農地として、本家の所有に係る(イ)甲良町大字在士字蔵貝戸三三九番の田二反二畝十九歩(後記の如くこの田の一部が交換分合により本件別紙目録記載(1)の田に替えられた)及び(ロ)別紙目録記載(2)の田の耕作権を与えられ、更に(ハ)本家の所有田であつた甲良町大字在士字蔵貝戸三四五番の一の田二反一畝二十八歩を共有としてその持分を与えられ全面的に分家に於て耕作することを認められた外第三者所有に係り本家に於て賃借していた田一筆の賃借権の譲渡(或は転貸)をも受け右各農地を耕作することとなつたところ、大正八年四月二十三日右増吉は死亡したので弟である原告等先代が右分家のあとを継ぐこととなり大正九年一月十二日原告とゑと婚姻し分家に与えられた右各農地上の権利を承継して耕作してきたこと、右(イ)の田二反二畝十九歩はその後分筆せられ一反二畝十九歩と一反歩の二筆となり原告等先代は一反二畝十九歩については耕作権を本家に当る前記武雄に返還し、残一反歩について耕作してきたところ、昭和二十八年十月頃農地の交換分合により右一反歩に替えて別紙目録記載(1)の田につき耕作権を有することとなつたことがそれぞれ認められる。しかしながら右認定事実のみを以て原告等先代の本件二筆の農地に対する右耕作権原が永小作権であると認めるには未だ不十分であつて他に永小作権であることを認め得べき証拠は存しない。却つて成立に争のない乙第二号証によれば原告等先代と訴外陌間武雄間の小作関係は賃貸借契約によるものであることを認めるに充分である。従つて原告等が右耕作権原を永小作権であるとして本件処分の無効を主張することは失当である。

(2)乃至(4)の主張について。

本件許可処分が滋賀県指令農開第六九二号なる書面を以て為されたこと、同書面には申請者、農地の表示、引渡を受けようとする時期等の記載と共に被告の許可文言が記載されている他賃借人の記載なく同書面のみによつては本件許可処分の対象が記載農地に関する申請者と何人との間の賃貸借契約であるかゞ不明であること、右引渡を受けようとする時期として昭和三十年十一月三十日との記載があること、被告が右書面を以て申請者陌間武雄に対し処分の通知をしたが、原告先代に対してはその通知を為さなかつたことはいずれも当事者間に争のないところである。そこで農地法第二十条の知事の許可の性質について考察するに、従来農地の所有関係、利用の権利関係については法的に規制されることなく本来各私人間の私的自治に委ねて然るべき法律関係とされてきたのであるが、戦時戦後を通じ農業生産力の増強は国民生存上の急務となり、公共の福祉に関する国家の要請として臨時農地等管理令、農地調整法、農地法等へと漸次の立法を経て農地に関する法律関係が規制されるところとなつた。而して農地法第二十条もその一環として耕作者の地位の安定と農業生産力の増進を図る目的(同法第一条)の下に農地に対する賃貸借契約の解除、解約等につき知事をして同法条所定の基準に従つてその当否を審査決定せしめ、知事の許可を以て賃貸借契約当事者間で行われる解除、解約等の法律行為の効力発生要件と為すことによつて右目的を達成しようとしているのである。従つて契約当事者の双方又は一方に於て契約関係を終了せしめるについては必ず右許可を得ることを要し、許可なき解約等の申入れは終了の効果を生じないのであるが、許可そのものによつて解約等の実体上の法律効果が生ずるものではなく、常に契約当事者間の解約等の法律行為が存しなければならない。許可処分があつたことによつて当然契約消滅の効果が生じたり、賃貸人に於て契約を終了せしめることを義務づけられるものでもないのである。要するに許可は解約等の法律行為を為す権能を附与するものに他ならないのであつて賃貸借契約を終了せしめんことを望む当事者は合意解除に在つては当事者双方が連署して申請すべく、解約、解除の場合は賃貸人のみに於て申請を為す(農地法施行規則第十四条第一、二項)べきであつて、これに対する許可処分もその申請人に対して与えられるものである。従つて本件解約許可処分の如く賃貸人陌間武雄一方に於て申請された場合にはその許可は同人に対して為され、従つて許可処分通知も同人のみに対して為されるのが当然であつて、原告等主張の如く申請者でない賃借人たる原告等先代に対し処分通知が為されることを要するものではない。

原告等は右通知が為されなければ賃借人にとつて耕作権限の消滅を伴う重大な許可処分の存在を知る機会なくその処分を争う途も閉される結果となると主張するが、賃借権消滅という法律効果は許可処分自体によつて生ずるものではなく許可を得たる解約等の申入によつて生ずるもので、許可処分は単に解約権能を付与するに過ぎないことは上述の通りであり、賃借人にとつては遅くとも賃貸人より解約等の申入れが為される際知事の許可処分の存在を知る機会が与えられるわけであり、その存在を知り得た時を基準として訴願を為すことが許さるるものと解釈すべく(訴願法第八条)、更に裁決に対し出訴する途の開かれていることは行政事件訴訟特例法第五条の解釈上明らかなところであるから原告等主張の右理由は杞憂に過ぎない。要するに賃借人である原告等先代に対しても本件許可処分の通知を要するとする原告等の(4)の主張は理由がない。

賃貸借契約の解約等の許可申請を為すについては、申請書に土地の引渡時期を記載することが必要とされている(農地法施行規則第十四条第一項)。しかしながら許可処分が解約権能を付与するにとゞまり解約という法律効果を直接発生せしめるものでない以上、引渡時期を右許可の申請書に記載せしめたり、許可書面にこれを記載する趣旨はその時期を以て賃借人に対し賃貸人に引渡すべき私法上の義務を生ぜしめるとか或は賃貸人に賃借人に対する引渡請求権を生ぜしめることを目的とするものではなく農地法本来の目的たる農業生産力の低下防止に在ること明らかであつて、要するに許可後賃貸人が不相当な時期或は長期間放置した後解約等の申入を為すときは、農地活用上憂慮すべき事態の生ずることを顧慮したるが故であつて、従つて許可に附せられた引渡時期は民法第六百十七条の解約申入期間とは全く別個な行政指導的意味合より為されるに過ぎないと解するのが相当である。即ち本件に於て許可が昭和三十年五月二日附を以て引渡時期を同年十一月三十日と指定したのは同年度の耕作と収穫は原告等をしてなさしむべきを指示したに止まり、右を以て民法第六百十七条所定期間を短縮したものとするのは当らない。要は賃貸人に於て右指定の時期を考慮して解約を申入れた後一年の経過によつて賃貸借は終了するのである。従つてこの点についての原告等(3)の主張も採用し得ない。

行政処分が要式行為として書面を以て為さるべきことを要しないものであつても、書面を以て為された場合には該書面上処分の内容が自ら具体的に明らかにさるべきものであることは云う迄もないが、本来要式行為でない場合に於ては要式の違背の問題は起り得ないのであるから、書面の記載上処分の内容が特定される程度に明らかであることを以て足り、他の資料を以て記載内容の補足を許さないものとは解せられない。成立に争のない乙第一号証によれば許可申請書中には賃貸人、賃借人、土地の表示、賃貸借契約内容の記載が具備され、許可の対象は明確に特定されているのであるからこれに対する許可として発せられた本件許可処分書に賃借人の記載を欠くからとて前記の如き他の記載(申請者、農地の表示)を具備する以上同書面が処分内容の特定を欠くものとは云えず、前段認定の通り一方申請で賃借人に通知を要しない本件に在つては申請者及び許可処分庁のいずれにとつても賃借人の何人たるかは明白であつて何等疑念を生ずる余地はないところとしなければならない。従つてこの点についても原告等(2)の主張は採るに値しない。

(5)の主張について。

成立に争のない乙第八号証、証人上田啓三の証言により成立を認められる同第九号証によれば、被告は本件許可処分を為すに当り農地法第二十条第三項所定の如く滋賀県農業会議に対し昭和三十年四月十六日附書面を以て諮問し、同会議会長名を以て同月三十日付書面により意見の答申を得ている事実が認められる。尤も証人上田啓三、上川正雄、白川正夫の各証言を綜合すれば、右答申は当時滋賀県県会議員選挙の運動期間中のことであつて、農業会議員中にも立候補する者がある等農業会議を開くことが困難な実状に在り、本件に関しては既に被告に於て現地調査をも行つており、同農業会議の内規として面積三百坪以内の農地に関する軽微な且つ格別問題を生ずると思料されない事案に関する場合には専決事項として会議に付することなく会長限りに於て農業会議名義を以て答申を為すことを許すとの取扱が行われていたので、本件の場合も右招集困難な事情等より会議を開くことなく右取扱により答申が為されたものであることを認めることができる。而して右認定に反する証拠はない。そうすれば県農業会議の右答申は農業委員会等に関する法律に定める所定の議決方法によるものではなく会長のみの意見を以て答申したことが明白であり、右認定の如き内規による取扱を行うことが会議の自主自律的制度として右同法の立前より許容されて然るべきものか否か、或は許されるとしても本件事案の場合が右内規に従つて処理し得べき基準に該当するものと認め得るか否かについては更に検討を要するところであるが、仮りに右いずれかの事由により否定されるとすれば、右答申は適法なる農業会議の意見に基くものといえないことは云う迄もない。而して農地法第二十条第三項に県農業会議の意見を聞くべき旨定められた趣旨は、知事がその権限に属する賃貸借解約申入等の許可処分を為さんとするに当りなお専門的機関の意見を反映せしめて慎重を期し過誤なからしめんことを期したものと解せられるのであるから、単に知事が農業会議に対し意見を徴すべく諮問を為したことのみを以て足るものではなく、答申により意見が反映されることまでを期待しているものと解すべく、且つその意見が所定の議決方法により適法に形成されたものであるべきことは云う迄もない。しかしながら漁業法第十二条の如く許否如何に拘らず会議の意見聴取を要するものとせず単に許可せんとする場合に限つて意見聴取を要するものとしたのは右意見は所詮知事の許可処分を拘束するものではなく、知事は意見内容の如何に拘らずこれに左右されることなく専権的に許可処分を為す権限を有するものと解すべきであるから、意見の形成過程に何らかの瑕疵が存しその故に農業会議の意見そのものとしては瑕疵あるものと見るべき場合に於ても、その瑕疵が当然に知事の許可処分自体の瑕疵として承継されるものとは解せられない。本件についてこれを見るに前記の如く県農業会議の答申は内規に基いて会長の権限に属すべき範囲のものと思料して処理されたのであつて、いま右答申が内規基準を逸脱するものであるとしても農業会議の意見形成上の瑕疵があるに止まりこれを以て知事の許可処分そのものの瑕疵とは為し難い。而して被告が農業会議の賛同を得られないことを予知し故意に会議の正規の手続によらしめず会長の意見のみを答申せしめたとの事実は本件証拠上認むべきものなく、又仮りに右の如く賛同を得難いものと予知していたとしてもその意見に拘束されることなく専権的に許可処分を為す権限を有する被告が敢えて右の如き挙に出るべき理由があらうとは通常考えられない。従つてこの点に関する原告等の主張も採用し得ない。

次に本件許可処分に農地法第二十条第二項所定の許可基準に反する違法があるか否かについて検討する。

成立に争のない乙第四乃至第七号証並に証人窪田儀一の証言及び原告陌間とゑ本人尋問の結果を綜合すれば、本件許可処分当時原告等方は先代亡彦太郎を含めて八人の世帯員であつて専ら農業によつて生計し、彦太郎、原告とゑ、同節子、同信雄の四名が農耕に従事し自作地として合計九反三畝十六歩の田、二畝五歩の畑と、借入地として合計三反二畝十六歩の田をそれぞれ耕作し、なお六畝二歩の所有田を他に貸付けていたこと、昭和二十九年度に於ける収入は原告澄子の保健婦としての給与所得は金十五万三千五百円であつてこれが原告等共同の生計に加算されないとしても農業収入として金三十五万円程度を挙げていること、他方陌間武雄方は五人の世帯員であつて主として農業を営むものであるが、傍ら農閑期等に植木職をして生計を立て、武雄夫婦が農耕に従事し、自作地として六反六畝二十歩の田、八畝二十八歩の畑を耕作し、本件二筆の田及び原告等との共有に係る前出蔵貝戸三四五番の田の持分部分を原告等方に耕作せしめてきたこと、而して昭和二十九年度に於ける収入は農業により金十二万八千円程度に過ぎず植木職としての副業による収入は明らかではないが多少加えられるとしても余裕ある生計を営むものとは見られないことがそれぞれ認められる。而してこの認定を左右するに足る証拠は存しない。右の如き双方の生計事情、賃貸人武雄の耕作能力等を比較考量すれば本件許可処分により原告等が本件二筆の耕作権を失うに至るとしてもなお賃貸人武雄の耕作面積を上廻るものであることは明らかであり、これにより原告等の生計に著るしい支障を与える結果となるとは解せられず、賃貸人武雄の前記耕作面積に本件二筆が加えられるとしても経営能力を超えるものとは見られない。同人の植木職としての出稼ぎは却つて農業収入の過少を償わんとする為で、従つてその経営能力に余裕あることの証左とも云うべく殊に前段認定の原告等と訴外陌間武雄方間の身分関係、原告等方の本件耕作権取得の事情等を考慮するとき本件農地を武雄に自作せしめることは至当と云わねばならない。以上のような事実によれば被告の本件許可処分には解約許可基準を誤つた違法があるとの原告等の主張は認められない。

叙上の如く原告等主張の各事実はいずれも認め難く本件許可処分に無効又は取消し得べき瑕疵が存するものとは認められない。

仍つて原告等の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 小野沢竜雄 林義雄 古川秀雄)

(別紙目録省略)

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